田舎のおばあちゃん家みたいなあったかいお店

2021/06/22

竹林と茅葺き屋根。昔話の舞台のような、古き良き佇まいが印象的なお店 かぐや姫。田舎暮らし。スローライフ。そんな趣きを求めて都市部や遠方からの来客も少なくないという。但馬地域、養父市の中でも一際目を引く存在感を放つ「かぐや姫」を取材した。

ほっこり、まったり、アットホームな雰囲気が魅力

入り口の障子戸を開けると、広々とした土間と高い天井。囲炉裏には薪がくべられ、心地よい香りと灯りに包まれる。日常の慌ただしさを忘れさせるゆったりとした時間が流れている。ひとしきり店内を見渡すと、面倒見が良さそうな優しい笑顔の店主 中野八重美さんが出迎えてくれた。

「いらっしゃい。さぁさぁどうぞ、こたつに入って。」

まだ寒さが残る3月。お店の雰囲気と同じく、あたたかい店主の人柄。お言葉に甘えて、こたつでゆっくり話を聞かせて貰うことにした。

かぐや姫は、自家製よもぎ餅、よもぎうどん、但馬牛の炭火焼肉が自慢のお店だ。素材を活かした素朴でやさしい味わい、アットホームなお店の雰囲気に魅了されるファンも多い。お店も食材も自然派にこだわり、地元のおすすめ商品や特産品なども販売されている。

店内の一角には立派な竹花器が飾られているのだが、この建物も元は先代が「たじま竹民芸」として、竹製品の製造・販売をするために建てたものだそうだ。それを受け継ぎ「かぐや姫」と屋号を付けてお店を始めたのが、今から34年前のこと。当時は何もかも手探りで、多くの試行錯誤を重ねたという。

「もともと飲食店の経験があったわけじゃないから、凝ったメニューも提供できなくて。お餅なら作れるかと思って始めたんだけど、これも奥が深くて--」

自然の賜物、努力の結晶

よもぎをたっぷり使った自家製よもぎ餅は、店主のこだわりが詰まったお土産にも人気の看板メニューだ。材料のよもぎは毎年初夏にご自身で採取しているという。

「山によもぎを摘みに行くと、自然と手を合わせてしまうんです。自然の恵みをいただくこと、自然に生かされてること、本当にありがたい気持ちになりますよ。」

自然の賜物。雨量や気温などの気候条件によって、色も香りも毎年違ったよもぎが採れる。そんな自然の変化を感じとり、その都度微妙に作り方を変えて最高の味に仕上げる。自然に感謝して、自然とともに作るのが、かぐや姫のよもぎ餅なのだ。

今も日々研究を欠かさず、味、食べやすさ、健康志向に磨きをかけている。毎朝手作りして作り置きはしない。子どもからお年寄りまで誰もが食べやすく消化しやすいように、もち米を長時間蒸して柔らかく仕上げるのがポイントなのだそうだ。

「おいしくなるように常に努力はしてるから、手間は年々増えていくんだけど。やっぱり一番おいしいものを食べて貰いたいから、それが感謝の気持ちだね。」

店主の想いと努力の結晶。30年以上妥協なく一つのことを追求してきた結果は伊達じゃない。事実2016年にはあの有名なミシュランガイド「ミシュランプレート(調査員オススメ)」を、市内で唯一獲得したお店としてお墨付きを得ている。お餅は手作りのため1日の製造数に限りがあるが、機会があれば是非食べてみて欲しい逸品だ。

思いやりと人の縁から生まれた新商品

毎年のよもぎ収穫、毎日のお店仕事。日々精力的に働き、元気に満ち溢れている中野さんだが、過去に一度病気を患ったことがあるそうだ。その際、常連客や多くの仲間に支えられ、人の有り難みを身にしみて感じたという。現在かぐや姫が販売している「万能だし」も、そんな人の縁から生まれた商品なのだそうだ。

「病気のお見舞いに知人からこのダシをいただいたんだけど、それがとってもおいしくて、体にも良くて、料理と健康について考えるきっかけになったんだよ。」

生きることは食べること。料理の基本となる「ダシ」の重要性に気づかされたという。製造元の会社もそんな想いに共感して、かぐや姫の名前で「万能だし」を販売することになったそうだ。

「ダシがしっかりしていたら料理はおいしくなる。但馬の豊富な食材をこのダシで調理して、おいしく食べて健康になって欲しいね。」

ほっこりとしたお店の雰囲気もやさしい料理も、すべて“言葉のないコミュニケーション”なのだと中野さんは言う。かぐや姫はものを売るのではなく、経験や気持ちを提供しているお店なのだ。この万能ダシにも店主の思いやりが満ちている。

一生勉強、一生努力

取材中に常連客がふらりとお店に立ち寄り、店主におみやげを渡したり、何気ない世間話をして帰られるということがあった。皆に慕われる中野さんの人柄と、このお店が憩いの場となっている様子が伝わってくる印象的な場面だった。

コロナ禍、移動自粛の影響もあって遠方からの来客は減少したそうだが、地元客の数は変わらないという。飲食店にとって未曾有の危機にありながら、普段通りにお客が絶えないこと。それこそ中野さんが大切にしてきた“人の縁”というものなのだろう。

「私は人に恵まれてて、いろいろ教えてくれたり、手伝ってくれたりする人が大勢いる。そういう好意は素直に受けたいと思う。本当に有り難いね。」

一生勉強、一生努力なのだという。そんな謙虚で努力家な中野さんだからこそ、多くの人が集い、優しさとぬくもりに溢れたかぐや姫というお店が形づくられている。

また、この一年で皆の表情が変わってきたという。当たり前のことに感謝したり、日常を楽しんだり、以前より笑顔や思いやりが増しているのだそうだ。

「悲観するんじゃなくて、この地域の未来を考えるきっかけになれば――」

危機を好機に。どんな状況もポジティブに捉え、何とかしようと頑張る人たちがいる。我々も中野さんのような熱意ある方に学びながら、この町の魅力をPRする一助になれるよう努めていきたい。